YURURAN日記

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性犯罪に関連するの一部法改正
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    前回投稿より長い間が空きました。
    今回は性暴力に関してです。
    DVの中には性暴力・性虐待があることがあります。

    刑法の改正案が閣議決定された。
    大きな改正点として、強姦罪は親告罪だったが非親告罪になった。
    被害者が暴行脅迫を受けたことの証明がなくとも罪に問えるということです。
    また強姦だけではないという意味から罪名が強制性交等罪となった。
    被害者は男女等関係なくし、LGBT等へも広がる可能性があるように感じました。
    また監護者性交等罪と監護者わいせつ罪が新設されました。

    一歩前進ですが、処罰ができるようになった少し重くなっただけでは犯罪はなくなりません。
    その被害者への支援や加害者の更生については明らかではなく
    まだまだ注目していきたい事です。

    *********
    「近親姦虐待被害当事者のためのピアサポートグループ」(SLAb.)
     ホームページ   http://siab.jp/news/2150
    | - | 10:52 | - | - | - | ↑PAGE TOP
    お酒を飲んでいるときにDV?
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       お酒を飲んでいるときにDVの加害者の態度がさらに悪くなると、被害にあった人はお酒の問題をどうにかしようとそちらに注意を向けがちです。そのため、飲んでいない時の虐待にはっきり気づけません。このようにして相手のアルコール依存症の問題がDV(虐待)という問題から目をそらさせる大きな要因になるのです。
       お酒は人の基本的な価値観を変えるものではありません。飲むとほかの人が見ればバカバカしくて当惑してしまうような態度をとるかもしれません。妙になれなれしく、馬鹿正直で、無頓着で、いい加減になることもあるでしょう。けれども、気晴らしに人を殴り倒したりするでしょうか。たぶんしないでしょう。コンビニで店員にセクハラをするでしょうか。ありえないでしょう。人の行動は酔っているときには少したがが緩んだとしても、人の芯にある基本的な信念や価値観は変わらないのです。お酒には人の心の中でくすぶっているおのを吐き出させる働きがあるのです。
       酔っていたから相手を傷つけたことの責任はないという主張は、加害者が持ち虐待性の表れです。

         DV・虐待加害者の実体を知る ランディ・バンクロフト著より
      | DV | 15:52 | - | - | - | ↑PAGE TOP
      機能不全家族
      0
        子どもが育っていくためには十分に愛され、受けとめられ、リラックスできる場が必要です。両親のDVや親の情緒不安定などが、機能不全がシステムとして家族内に固定してしまうことがあります。

        本来家族で行われるだろうものが全く逆の形でシステム化されている影響は子どもにとって大きい。
        話しあって解決、感情を素直に表す、人を信頼する・・・人とコミュニケーションする中で必要なことだと思うが、それをできなくしているのが機能不全家族である。話すな:問題について話しあうのは良くない。感じるな:感情を素直に表すのはよくない。信頼するな:人を信じてもよくなることはない。

        両親のいさかいに巻き込まれたり、いつも自分のことは後回しにされたり、幼いころから家庭内の緊張を感じとり、それがなごむように冗談を言ったり、親の愚痴の聞き役や世話役になったり、不安な状況を避けるために片隅でひそめたり、「いい子」になることで自分の存在を認めてもらおうと苦しい努力を重ねたりします。悪い子を演じて親の問題を見えにくくさせる役目をはたしている場合もあります。

        機能不全の家族で子供時代に身に着けた生きる手段が自分自身の自由を縛る鎖になることもあるかもしれません。
        リラックスするのが苦手、自分の気持ちを表現できなかったり、他人の問題まで自分の責任として引き受けてしまったりするかもしれません。

        あなた一人一人が大切な尊い存在です。
        自分を傷つけなくてもいいのです。

        | YURURANがおもうこと | 12:15 | - | - | - | ↑PAGE TOP
        DVの被害をなくすということはDV加害者がかわることからはじまる
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          デートDVに対する保護命令が同居しているデートDV被害者も対象になる2014年の法改正以降443件あったと最高裁の集計が新聞に掲載されていました。
          同居していないデートDVの被害者はその対象とならず、暴力の危険にさらされているうえ、苦しんでいたり、悩んでいたり、自分一人で何とかしようとしている若者がいること、保護され支援を受ける必要のある人たちがまだまだいることを伝えていく必要があると思います。


          DVのもとになる、力で支配する考えや暴力を容認(軽視)する考えに気づき変えられるよう
          DVの撲滅、DV防止、若者を被害者にも加害者にもしない取り組みがいっそうもとめられているように思います。

          DVをしている人へ・・
          支配か被支配かの関係しかしらない、体験がない、と支配するかしないかしか相手との関係を作れないことがあるかもしれない。それでも、自分のしている行為の責任は自分自身にあるのだからDVを肯定するものではない。DVは人権侵害であり、相手に様々な被害をあたえる。暴力で何も解決することはない。暴力がもたらす取り返しのつかない結果を知り暴力を選択しないことだ。
          支配のなかいに尊重は同時に成立しない。
          DVをしないということは、暴力をせず、支配することなく話しあうことで解決していくしかない。
          | DV | 10:26 | - | - | - | ↑PAGE TOP
          最近驚いた経験
          0
            とても久しぶりに投稿します。

            力と支配やDVについて知れば知るほど、社会に力と支配があふれていることに気づきます。
            DVや虐待その他暴力をなくすには、​​社会が変わっていく必要があると思います。
            ​けれども、最近は力と支配が強まっているように感じることが何度かありました。
            一つは、横断歩道を渡ろうとしたときに、後ろからきた自転車に乗っている年配の方から、ぶつかるじゃないか、どこ見とんのや​と言われ、何のことを言っているのかわからずいたら、過ぎ去りざまに振り返り私をにらみつけて暴言を吐いて去っていったので、私に対して言ったのだということがわかり驚きました。
            もう一つは、車で歩道を超えて駐車場に入る時に、歩行者を待って停車していたら、後ろの車からクラクションを鳴らされ
            すごい勢いで去っていった車に驚いたことです。
            やっている行為に見合わない反応に社会の人々に対する感じ方がすさんできているようで、悲しさと怖さを感じました。
            似たような経験をしたことはありませんか?

            個性が尊重される時代だからこそ、相手への共感がセットだと思います。
            自己中心性とは全く逆にあると思います。​

            ​​
            | 社会の暴力 | 10:31 | - | - | - | ↑PAGE TOP
            東日本大震災から4年
            0
              3月11日東日本大震災が発生してから4年がたちます。
              私たちに何ができるのか、あらためて考えます。
              震災でお亡くなりになられた方、震災後その影響でお亡くなりになられた方、震災後ご病気で亡くなられた方、たくさんの尊い命が震災によって失われました。
              お亡くなりになられた皆さまのご冥福を心よりお祈りいたします。

               
              | - | 15:35 | - | - | - | ↑PAGE TOP
              また、DVで女性が加害者に殺されました
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                とても悔しいです。亡くなられた女性は悔しくて悲しくて辛かった・・・と言葉で言い尽くせないほどの気持ちだったのではないかと想像します。暴力で人の命を奪う、暴力で物事を解決しようとする、暴力で人の尊厳を奪う、暴力で人をコントロールする、どれも人にしてはいけないまちがった行為だと思います。
                 
                | DV | 16:24 | - | - | - | ↑PAGE TOP
                レジリエンスSAFER(性暴力被害者の支援のための)研修に参加して
                0
                  性マイノリティーとセクシャルトラウマについての中で、「自分にとっての違和感は大切にしていい」というのはとても励みなったことばでした。周りの人は全く違和感なく思っていることに違和感をいだくと私だけ特別なのではないか思ってしまうことが
                  あります。でも、その人その人安全だと思うところは違っていいというのはとても楽な気持ちになります。それから、性暴力被害やDV被害を受けた女性への対応を積極的にされている産婦人科医の話で、「性暴力対応可能な産婦人科」があるということ、逆に言うと、そうではない産婦人科もあるということを初めて知りました。地域で調べてのせたいと思います。
                   
                  | YURURANがおもうこと | 10:28 | - | - | - | ↑PAGE TOP
                  デートDVって?
                  0
                    .棔璽ぅ侫譽鵐匹らガールフレンドへの暴力は犯罪である。
                    DVはその場限りの怒りとは別で、DVをする方は相手を継続的に支配している。色々なことで相手を脅かし相手を支配しよう
                     とするのがDVである。DVは繰り返される暴力である。
                    F鷽佑付き合う関係でどちらかがどちらかを支配する権利を持つことはあり得ない。
                    DVをする方が、後悔し誤り、許しを乞うのは加害者が被害者を支配するためのひとつの方法である。DVをしている加害者が
                     暴力をやめるのはまれで、何かしらの介入がない限り暴力はだんだんひどくなることが多い。
                    ニ塾呂頻繁でなくともおどして相手を怖がらせ、支配していることに変わりはない。暴力をふるわれてから時間がいかに経
                     とうが被害者はその恐ろしさが忘れられず、また起きるのではないかという恐怖に付きまとわれる。被害者は加害者の顔色を
                     うかがいながら毎日を送ることが多い。
                    Σ坦下圓呂い弔睨塾賄で残忍な行動をとるわけではない。特に、暴力をふるった後は、もう絶対にしないと誓って愛情深い態
                     度をとる。
                    DVを正当化するものは何もない。自分のガールフレンド、ボーイフレンドに暴力をしていい権利など誰にもない。DVは女性
                     のとる態度や行動とは関係ない。DVはDVをする方が暴力を用いて相手を脅かしこわがらせつ、混乱させることで、相手に対
                     して力を持ち続け、支配を維持しようとすることである。 
                            
                              デートDV防止プログラム実施者向けワークブック〜相手を尊重する関係をつくるために〜 山口のり子著
                                                       より一部抜粋・引用

                    DV加害者更生プログラムへ参加したデートDV加害者のことば
                    「彼女が別れをつげていかなかったら、デートDVをしていることにも気づかなかったし、それがDVだともわからなかった。そのまま付き合い続けていたら、もっとひどいことをしていたかもしれないと思うと自分でも怖くなる。本当にひどいことをしたのだときづいた。」

                     
                    | DV | 17:33 | - | - | - | ↑PAGE TOP
                    子どもの人権
                    0

                       

                      養育者が子どもに対して強く厳しい態度行動をとることはあります。

                      「しつけのため」であっても体罰、体への暴力が肯定されることはあり得ないですが、かといって1回殴ったことで虐待として公権力が介入して親権制限されることも現実的ではないでしょう。

                      問題は親の行為の意味にあると思います。

                      支配的で高圧的で、一貫性のない「しつけ」は物理的な力の行使(体への暴力)がなくても、つまり、親の言葉や態度での威圧や侮辱であっても「虐待」に相当する行為だと思います。
                      「虐待」は子どもの否定、子どもの人権侵害です。

                      学校での体罰もこどもの人権侵害です。
                      言葉や態度でも脅したり、支配したりすれば「虐待」だということです。

                      虐待は子どもが自分を大切に思えなくするぐらい子どもへの影響があります。


                       

                      | 体罰・虐待について | 10:36 | - | - | - | ↑PAGE TOP